こんなこと(~2006.10月)

HIROYUKI NAMBA.

 

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更新日 2016-02-02 | 作成日 2016-02-02

 
浦沢直樹さんのアルバム「20世紀の男」(FDCDX 2008)が、ストレンジデイズ・レーベル/ディスクユニオンからリリースされました。ディスクユニオン限定ボックス・セットは、浦沢さん書き下ろしのブックレット付きで、僕も漫画で登場していますよ!
 漫画家にしておくには惜しい(笑)素晴らしいロック・アルバムです。

■2006年10月
 
 A.P.J.珍道中から東京に帰ってまいりました。
 今回は、やっと自分なりに、少しはピアノ・トリオの感触が掴めてき た気がします。プレイが少しずつ変わってきたようです。多分、ようやく楽しんで演奏出来るようになってきたのだと思います。もちろん、今まで楽しんでいなかった、という訳ではありませんが(笑)。
 8日の日曜日の横浜ヤマハと、来月1日の目黒ブルースア レイの演奏が楽しみになって来ました。皆さん、是非お運び下さい。
 ツアーに出る前に、ドラムの池長一美が爆音を浴び、聴力に異常を生 じるというアクシデントがありましたが、何とか乗り切れそうです。乞うご期待!
 
 金沢のファン”たかのし”さんが、日記に素晴らしい感想をアップし て下さいましたので、ご本人の許可を頂いて以下に転載させて頂きます。実によくA.P.J.の特色を書いて下さいました。
 
 
 # とにかく昨日のライブは最高でした!難波さん+水野さんでは予想はしていたが、やはり漫才になりました。そして、曲!今の自分にハマりましたねえ~。
 まず、最新アルバムの「e」ですが、いやーこんなに凄いとは!この作品からベースの水野さんもフレットレスに代えて本当に「アコース ティック」になったので、もっとスタンダードっぽい物を想像していたら、なんのなんの、ここにきて、よりプログレマニアの心をくすぐるで はありませんか!(Noirのコーラスは笑うなあ。)
 どう言えばいいかな・・・。私はJAZZも軽いモノはよく聴きます。そしてラウンジ系の物も聴きます。大人なくつろげる物を最近よく 聴くんだけど、やはりプログレも大好きです。でもプログレを聴くときは一旦気持ちのチャンネルを変えているんですが、APJはその必要がない。今までのプログレ+JAZZと言われる物は、融合しているようで実はどっちかが欠けていたように思えてならない。プログレミュージシャンが作った物はやはり「ロック」の延長だし、JAZZミュージシャンの作った物はいいんだけど「プログレ」の面白さがないんですよ ね。甘いというか、ツボを押さえてない。今までそれらを実は少し我慢して聴いていたような気がします。しかし、この作品は、こう、痒いところに手が届きながら、ちゃんとJAZZの楽しみもあるという実においしい作品ですね~。 今までありそうで無かった。そう、プログレのベテランの人は過去誰もやってくれなかったんです。また、同じAPJでも1st、2ndと異なりウッドベースというのがすごく正解ですわあ。気持ちいいです。
 そして、そのライブです。悪い訳がありません!しかも漫談付き。 (失礼!)
しかも、金沢の「もっきりや」のピアノはレコーディングと同じ「ベー ゼンドルファー」です。いい音ですよお~(弾く方は大変だと思うけど、難波さんなら全く問題なし。)
一緒に行ったtemuzouや哲とも言ってたけど、同じライブは普通 ならブルーノートで9,000円でも文句なしですよ。いや、むしろこっちの方が断然良いですわ。APJの皆さんに感謝です。
 ちなみに前日はVanVan(金沢の楽器店)で行われた難波さんの キーボードセミナーにも行って参りまして、これがまた良かったです。今回の来沢ではオルガン、シンセはこの日しか聴けないからと思い参加 したのですが、やはり素晴らしい演奏でした。「百家争鳴」ではミニコ ルグSを使ってくれるし!しかも、ちゃんと演奏中にフィルターを微妙に調整しながら弾いておいでました。この技、最近の人はやらない。みんなデジタルでポン!なんですよね~ライブでしっかりこうやってシンセを弾いているのは、今ではPFMのプレモリ氏ぐらいでしょう。
 ここまで書いて当然お解りでしょうが、私は長らくの難波さんのファンです。キーボード好きのプログレ少年時代から現在のプログレ中年に 至るまで、雲の上の人なんですよねえ。日本人ではもちろんトップです。2位との差は大きいですよダントツです。 # 
 
 
 ようやく30周年イベントの第一弾が決まりました。
 野獣王国やヌーヴォ・イミグラート、僕の25周年の時の記念盤 「2001:A WONDER  ODYSSEY」のライナーでお馴染みの、 戦うパンク音楽ライター吉留大貴と、その友人でサラリーマンなのに評 論家も裸足で逃げ出す音楽マニア吉見洋(僕の25周年ライブ Thanks To Singersの実質的なプロデューサー)の企画で、新宿ロフトの30周年も引っ掛けて、ネイキッドロフトで、映像とトークのイベントを開く事になりました。
 思えば30年前、金子マリ&バックスバニーで、荻窪や下北沢・ 新宿のロフトによく出演しました。今回はその頃世話になったロフト席 亭平野悠おやじにも喋ってもらいます。
 そして司会には何と、TBSラジオのレギュラーも決まり、今売り出し中(笑)の社会学者・鈴木謙介(難波弘之&Sense Of Wonderの自主制作盤「Erath Side」のライナーを書いて頂いた宮台真司さんの弟子)にお願いしました。
 初めての試みなので、僕もとても楽しみです。わくわく。
 詳細はHPをご覧下さい。
 
 
 松本慎二、無事退院したそうです。いい体してるのに故障が多いの で、リハビリ頑張ってもらわないとね。
 
 
 先日、古くからのSF仲間の先輩夢枕獏さんの”すばる寄席”に行って来ました。これは、獏さんの書き下ろしのネタを春風亭昇太、柳 家喬太郎、三遊亭白鳥、林家彦いち、神田山陽のSWA五人衆が演 じるというもので、なかなか楽しめました。落語ファンとSFファン半々という客席もなかなか興味深いものがありました。
 
 
 それではA.P.J.ライブ、よろしくです~! 来てね!
 
 
■2006年9月
 
 来月頭から、今年二回目となるピアノ・トリオA.P.J.のジャ ズ・クラブ・ツアーが始まります。”夕焼け祭り”以来、久々に行く金沢(もっきりや)公演を皮切りに、大阪・京都・名古屋を回り、 10月8日の横浜YAMAHAジャズ・プロムナード、最後は11月1日の目黒ブルースアレイ公演までです。お陰様で、ポップスの方法論を取り入れて作った楽曲重視の3rdアルバム 「 e 」が好評で、この手のものとしては珍しく”細く長く”(笑)売れているそうです。是非足をお運び下さい! お待ちしております!
 
 
 偶然、近所の本屋で鈴木保奈美親子とママ(亡くなったパパとよくライブに来て下さったのです)にばったり会い、そういえば鈴木家と親しいSense Of Wonderのベーシスト松本慎二はどうしてるかな(ライブがないと電話もよこさないんですよ、まったくもう!)と思って メールしてみたら、何と、学校の夏合宿で右足を捻挫してしまった状態 で、さらにアパートの階段から転落し、左足のかかとを骨折してしまったそうです。
 夜、救急で行った近所の病院では、「完全につぶれているので、即入 院して手術」と言われたそうですが、2ヶ月入院と聞いて、それならば仕事場の学校の近くのO病院のほうが通うのに都合が良い と思い、そっちへ行ってみたら完全予約制でNG。
 夜受け入れてくれるK医療センターを紹介され、行ってみたら、救急外来では「針金を入れる手術」と言われたのに、翌日になったら「手術の必要なし。保存」という診断に変わり、不信感を抱いた松本 は、やはりO病院の方が良いと思って何とか予約をゲットしたの ですが、「それなら、うちは退院して下さい」という事になったみたいです。
 「もし万一、向こうが入院させてくれない場合、戻って来れます か?」と尋ねたら「それは出来ない」との返事。要するに、「他を予約 するんだったら、出てってくれ」という事のようです。まあ、そりゃそうでしょうね。
 結局、O病院でも「もう5日たっているので、手術は手遅れ」と言われ、ギプスの状態で家に帰され、日常生活を送るのも困って呆然としているところだったのです。ちょっと初動が優柔不断だったのがまずかったのでしょう。
 すぐに医者でミュージシャンの日戸修平(S.O.N.のベーシスト、懐かしいでしょ?)に連絡し、手配してもらい、何とか西荻の病院に入院させました。
 
 退屈だろうし、半年以上のつもる話もあるだろうから、見舞いに行ってやろうと思い「明日か明後日どちらかに見舞いに行きたいが、都合は?」と尋ねたら、「どちらでもいいです」というので、朝「これから行く」とメールを入れてから西荻に出かけたら、何と病室にいないんですよ。びっくり。
 看護士さんに聞いたら「お出かけになりましたよ」と言うのです。「うっそ~!?」と思って「どこに行ったんですか?」と聞いたら「確か吉祥寺とおっしゃってました」というので、すぐに帰って来るだろうと思って待ったのですが、なかなか戻って来ないのです。
 他の患者さんもいる病室でひとりでボーッと待ってるのも間抜けなので、仕方なく近所の喫茶店で時間をつぶして戻っても、まだ帰って来てないんです。看護士さんも「3時45分までにお帰りになるという事で許可したんですが、ギブスの調整もあるのに戻られないので、こちらとしても困ってるんですよねー」僕に言われてもねえ(笑)。
 腹が立ったので、見舞いを置いて帰ってら、慌てて連絡がありました。
 僕のメールを見る前に友人が車で見舞いにきて、「そういえば吉祥寺に物を取りに行かなけりゃならないんだけど、乗っけてくれる?」という話になり、乗っけてもらって走っているうちに「ついでに家と学校へも行ってくれる?」とエスカレート。おいおい、俺の見舞いは忘れてたんかい?
 学校の近くまで来て僕からのメールにやっと気付き、「やっべ~!」と思って連絡してきたみたいです。まったく、もう!
 
 しかし、固定したままだと回復に3ヶ月と、かえって時間がか かるようで、年内のライブは微妙な感じになってしまいました。まったく故障の多い男だなあ(笑)。松ちゃんの年内復帰が無理なら、来年”快気祝いライブ”になるかもしれません。
 あ、でも30周年のイベントは11月頃からの始動に向けてようやく準備に入りました。お待たせしてすみません。なにしろ年末を某アーティストに仮押さえされていたんですが、やっと正式キャンセルされるまで延々待たされていたもので。
 
 
 さて、このところ日曜日のライブが続きました。9月10 日には、初めて呼んで頂いた桜木町の老舗ジャズ・クラブのドルフィーに、ERAのゲストとして出演しました。自身のバンドK.B.B.やポチャカイテマルコ、そしてキルシェでも活躍中のヴァイオリニスト壷井彰久と、プログレ界屈指の名ギタリスト喜怒無月とのセッ ションは、実にスリリングで楽しかったです。あまりリハをやらなかったのがかえって良かったみたいで、「次に誰が何をやるか?」みたいな音のコール&レスポンスを堪能しました。きちんと世界を構築していくタイプの音楽も好きですが、こういうアドリブ重視の世界もまた楽し。「またやろうね」と盛り上がって終わりました。
 お店の雰囲気も良く「今度はA.P.J.でも出てみたいなあ」と思いました。
 
 
 そして、9月18日は、出来たばかりの両国のクラブ無双で野獣王国のライブ。こちらも当日リハのみの出たとこ勝負バンドですが、若いロックの子たちがやる小屋なのに、多分僕らがダントツに音でかかったんじゃないでしょうか? 終わったあとぐったりする(笑)のですが、やっぱり野獣は楽しい! 来年は新作のレコーディングも決まったし、頑張らなきゃ!
 そうそう、NHK-FMのセッション2006の収録もあるのでした。こちらを観覧ご希望の方は、番組HPをご覧になり、是非ご応募下さいね!
 
 
 さて、初めて仕事を断っちゃいました。もう、ExhiVisionや野獣ライブのMCで喋ってしまったのでご存知の方も多いでしょう が、幕末を舞台にしたボーイズ・ラヴもののアニメの音楽の仕事でした。
 ボーイズ・ラヴ。そう、かつては耽美系と呼ばれ、その後”やおい”なんて呼び方もありました。もちろん、僕は元祖おたくですから、そういうものの存在は知っていました。
 しかし、台本を読んでいたら、プラトニックでは終わらずに、やはり美少年どうしの激しいハード・コアなラヴ・シーンが出て来るではありませんか! しかもそこに、最も盛り上がる音楽を付けなければならないのでした(笑)。
 「う~ん、こりゃちょっとヘヴィだなあ。台本読んで気色悪いと思うくらいだから、絵コンテなんかもっときついだろうな」と思って、プロとしてはあるまじき事だとは思ったのですが、丁重にお断りしてしまいました。
 そしたら先方も「やっぱり駄目でしたか。実は作詞家にも思いっきり引かれたんですよ。まあ、難波さんに断られたというのも話としては面白いんで、また別の仕事をお願いしますよ」と言って下さり、何とか一件落着。ふう。まあ、人生色々ありまんがな!
 
 
 
■2006年晩夏
 
 急に決まったライブがふたつあります。
 
 ひとつは、先日のクラブチッタ川崎におけるZABADAKのライブ で初共演したヴァイオリンの壷井彰久と、ギターの鬼才・鬼怒無月のデュオ・ユニットERA(イーラ)のライブのゲストです。
 9月10日(日)、桜木町のジャズ・クラブ”ドル フィー”に出演です。
 このユニットERAのライブは数年前、大谷令文と吉祥寺のシル バー・エレファントに見に行って、二人とは思えないその壮絶な掛け合いに驚嘆しました。
 僕は恐らく2部でピアノを弾く事になると思います。まだ資料 が届いていないので、ちょっとドキドキしています。
 
 もうひとつは、最近両国にオープンした新しいライブ・ハウス”無 双”に、何と野獣王国で出ます。連休ど真ん中の9月17日(日)です。どういう経緯で是方のところに話が来たのか知りませんが、お店のHPを見る限りでは、若者向けの深夜クラブ営業もしているようなお店のようです。秋葉原や市川で一回やっただけで、東京の 右側(笑)でやった事があまりない野獣王国としては、久々の大江戸な感じの場所でのライブですね。
 
 どちらも日曜なので、開場開演時間などにご注意下さい。
 
 
 朗報がひとつ。
 「Candy」以来、久しくCDを制作していなかった野獣王国ですが、来年4月をめどに、A.P.J.と同じベガミュージックエンタテインメントで新作のレコーディングを行う方向で、ほぼ話がまとまりました。
 7月頃のリリースを目指します。お楽しみに!
 
 
 今年の夏は何だか雨と台風だらけで、体調不良でした。気圧が低いせ いか頭がぼんやりして、体も重い感じですね。結局、暑いと文句いいながらも情熱大陸のライブで晴れた時が一番気持ち良かったです。
 
 それでは、今月末のドアーズのExhiVisionのライブでお待ちしております! 新曲間に合いませんでした(笑)、すみません。今書いているところで、ライブのリハか当日にメンバーに渡そうと思っています。
 
 
■2006年盛夏
 
 やっと夏らしくなりましたね。本当に長雨でした。皆さん、水害になど遭われずに、ご無事だったでしょうか?
 何だか、日本が亜熱帯化してきているような予感がします。このままだとバラードの「沈んだ世界」のようになってしまうのかもしれませんね。奇しくもこの夏は「日本沈没」のリバイバル・ブームです。世界が、そして日本が無事であるように祈りましょう。
 
 さて、7月26日に30周年記念CD「ゴールデ ン・ベスト」がリリースされました。聴いて頂けましたか? ジャケットの色指定なども何回かやり直し、選曲やライナーも「ああでもない、こうでない」と試行錯誤の連続でしたが、何とか満足のいく作品になりました。
 まだ聴かれていない方、是非お聴きになってみて下さい。曲順も、聴いて気持ちのよい並びを考えてみました。
 
 大阪と横浜で開かれた「情熱大陸スペシャル・ライブ/サマー・タイム・ボナンザ’06」、終了しました。
 まさに、梅雨明けと共に一挙にやってきた夏の、しかも野外。おまけに葉加瀬太郎バンドがホストもつとめたので、リハも大変でしたし、大阪などはほとんど一日中出ずっぱり。「少しは最年長ミュージシャンを労ってくれよ!」という感じでしたが、熱中症で倒れるような事もなく(笑)、何とか無事に演奏できました。
 
 それにしても、”クロスオーバー・ジャパン”の時とはまた違う方々と、久々にお会い出来たり、一緒に演奏したり、と、気分は同窓会! 
 まず大阪万博記念公園では、ゴスペラッツ。実は僕、マーシー(鈴木雅之)のアルバムのレコーディングに参加しているのですよ。ご存知でしたか? そして何と、ゴスペラーズのレコーディングにも参加しているのです。桑まんさんとも、北野武ライブ以来の再会。トランペット、相変わらず良い音で鳴ってました。
 藤井フミヤさんとは初対面でしたが、歌がうまい(当たり前ですが)のにびっくり。実は今、密かに「下北サンデーズ」にハマっているので、絶妙のタイミングでした。
 元ちとせさんは、斉藤ノブのイベント以来。相変わらず、もの凄い存在感の声でした。
 そして、久々の佐藤竹善! 彼と知り合ったのは、彼がコーラスで(笑)参加した、山下達郎の92年のツアーでした。実はプログレ好きの竹善。「今回の曲は、メンバーを見て決めた」という事でした。
 
 それにしても、葉加瀬太郎が雨男だというのは本当でした。前日のゲネプロはかんかん照りの炎天下でしたが、翌日、朝は晴れていたのに、 一天にわかにかき曇り、彼がマイクを持って「こんにちわ!」と呼びかけた途端に、ぽつり・ぽつりと降り出し、やがて本格的な雨になってしまいました。
 元ちとせの威力で雨は止み、竹善が歌う頃には晴れましたが、今度は暑さが(笑)......
 まあ、夏ですから!
 
 サブ・ステージの出演者も豪華で、転換に時間を取られる事なくステージが進んで行くのはさすが。私のようなライブ・ハウス・ミュージシャンには考えられないような舞台進行です(笑)。ギターの越田太郎丸君も、たった15分の演奏の為に、朝6時に家を出て大阪までやって来て、演奏が終わるとそそくさと日帰り。ご苦労様でした!
 
 
 みなとみらい新港埠頭は、海風も吹いて割と涼しく、演奏も河口恭吾さんと竹善だけでしたので、大阪よりはちょっと楽でした。
 河口恭吾の新曲「会社をやめて旅に出よう」に、葉加瀬太郎が「でも、有休取ってからの方が良いかもね」と突っ込んでいました。
 横浜では久々に神保彰、和泉宏隆、鳥山雄司にも会えたし、”渚のオールスターズ”の面々(TUBE、織田哲郎、ムッシュなど)にも 会えました。実はTUBEも、織田哲郎のWHYも、僕は一枚目からレコーディングに参加しているのでした。
 
 そうそう、楽屋がクルーザーで面白かったです。でも、微妙に揺れるので、船酔いに弱いミュージシャンにはちょっと不評でした。
 最後は、デッキの夜風に吹かれながらの打ち上げ。
 
 それにしても、今回のバンド・メンバーは、半数が芸大出! 何ともアカデミックな、しかし最高に阿呆なメンバーで、すっかり意気投合。 楽しかったです。
 葉加瀬太郎のタフネスと気配り、チェロの柏木広樹の細やかなアレンジ、メンバーの素晴らしい演奏に感動しました。
 また、呼んでね!
 
 
 さて、すっかり遅れている30周年記念のライブですが、なかなかスケジュールが合わず難航しています。下手すると来年にかけてばらばらに開催、なんていう事になるかもしれませんが、今しばらくお待ち下さい。
 
 取りあえず今月末はExhiVisionのライブです。新曲が間に合うかどうか、微妙なところです。
 
 何と、夏風邪が流行っているそうです。ご用心!
 
 
■2006年7月
 
 まったくじめじめとした嫌な天気が続いていますが、皆さんお元気でしょうか? 僕のプロフィット5のキーボードの接点も、湿気のため絶不調(笑)な今日この頃です。
 
 
 30周年記念のベスト盤、「難波弘之ゴールデン・ベスト」が、7月26日にBMGジャパンからリリースされます。今回は2枚組ではありませんが、75分の収録時間ぎりぎりまで詰め込む (笑)大サービスですよ! 今回も初CD化曲、未発表音源、ライブなどを含む、盛り沢山な内容です。もちろん1枚のアルバムと して頭から通して聴けるように、曲順にも凝ってみました。収録曲目は「出た時のお楽しみ」という事にさせて頂きます。皆さん、買ってね、 聴いてね!
 このアルバムのマスタリングのため、久々に新子安にあるJVC マスタリング・センターに行って来ました。何人ものエンジニアの小部屋(スタジオ)に分かれているのですが、隣のスタジオでは、何と山下達郎が、竹内まりやのニュー・シングルのマスタリングをやっていて、 当然のように二人は、お互いの部屋を、熊のように行ったり来たり (笑)。僕の方のエンジニアは、いきなりスタジオに達郎が入って来たので、ビビっていました。田中さん、緊張させてすみませんでした。
 でも、まさに奇遇でした。
 
 
 さて、久々のヌーヴォ・イミグラートのジェラルドとのジョイント・ ライブ、無事終了しました。
 そもそもヌーヴォは、92年のオリジナル・センス・オヴ・ワンダーのライブに、ノヴェラの超音波ヴォーカリスト(失礼!)アンジーこと五十嵐久勝さんをゲストに呼んだのがきっかけで始まりました。そ の時、ベースのMottoの曲「少年の丘」を歌って頂いたのです。
 その後、「二人でユニット・アルバムを作ろう」という話に発展し、97年にファースト・アルバム「Nuovo Immigrato」をテイ チクからリリースしました。ユニット名はイタリア語っぽくしましたが、ふたりの名前の頭文字が入っています。お気づきでしたか?
 1枚目のレコーディング・メンバーは、「ノー・ギャラでもい いから、プログレっぽい演奏をしてみたい人」(笑)に参加して頂きました。その結果、センス・オヴ・ワンダーのそうる透、松本慎二を始 め、筋肉少女帯(当時)の太田明やROLLY、井上孝之、といった多彩な面子が集まってくれました。
 ライブは、アルバムにも参加してくれた下田武夫・手島いさむ・ Mottoをメンバーに迎えて行いましたが、いかんせん野獣やSOWよりもメンバーが多く(笑)、ライブにかかる経費も馬鹿にならないため、亀のようにのろい(笑)活動になってしまいました。
 ようやくセカンドを出せたのが03年でした。大谷令文と高橋竜 を新たにメンバーに迎え、バンドとして始動するはずでしたが、なかなか厳しい状況で、一年に一回ライブが出来れば御の字、といった低迷が 続いてしまい、応援して下さる皆さんは、さぞかし歯痒い思いをされていると思います。すみません。
 今後はもう少し活発に動きたい(笑)、と思っています。まあ、長い目で見てやって下さい。
 
 
 さて、いよいよ夏休み、来週からは情熱大陸イベントのリハに突入します。皆さんも梅雨バテ・夏バテにはくれぐれもご注意下さい。
 
 
■2006年6月
 梅雨ですねえ。世間はワールド・カップで盛り上がっていますが、実は毎日、暑いんだか寒いんだかよくわからない、とにかくじめじめした 天気が続いていますね。そんな鬱陶しい梅雨空を吹き飛ばすべく、超おしゃれなモーションブルー・ヨコハマでの野獣王国のライブ、無事終了しました。隣のバーで結婚式の二次会パーティーをやっていたのですが、そんな事知ったこっちゃないですから(笑)、いつも通りガルルルなライブをやっちゃいました。
 
 ヌーヴォ・イミグラートのリハーサルを始めています。
 今回は、2年振り、2回目のジェラルドとのジョイント で、しかも東京と大阪です。前回はヌーヴォの出番が後だったので、今回は先攻にしてみました。そして、ようやく(笑)2ndアルバム「レイヴン・アイズ2」(凄く良いですよ)を出してツアーを行う大谷令文が抜け、今回はチェロの斉藤孝太郎が参加します。どんなサウンドになるか、乞うご期待!
 その前にある、吉祥寺シルバーエレファントの”TOSIMIセッション”もよろしくです!
 
 最近、縁のある方、尊敬していた方、友人が次々と亡くなり、何とも寂しい限りです。伊福部・宮川両先生に続いて、アイ高野、ラッキー川崎、そして大好きなビリー・プレストンまでが逝ってしまいました。
 ビリーは、21年前に来日した時、NHKの「ベストサウンド」に出てもらったり、ライブをやったりして、1週間ほど一緒 に過ごしました。楽しい夢のような1週間でしたが、酒を飲まな いビリーは、ほとんど毎食、ハンバーガーとコーラという食事でした。今にして思うと、あの偏った食生活が寿命を縮めたのではないか、と思います。
 そうそう、あの時、雑誌のインタビュアーがほとんど全員、彼にビートルズの事しか聞かないので、傍で密かに憤っていました。「もっと彼 自身の音楽の事も取り上げろ!」と。
 それにしても、59歳は若すぎる!
 ご冥福をお祈りします。
 
 
 APJの新譜「 e 」についての記事、引き続き「キー ボー ド・マガジン」7月号などに掲載されています。
 さらに「ユーロ・ロック・プレス」29号には、プログレ好きの 編集者・講談社の三輪岳志さんによるインタビューが、カラー3  
ページで載っています。こちらは大きな書店もしくはCDショップ にしか置いていないかもしれませんが、盛り沢山な内容になって、自分で言うのもナンですが、面白いですよ。
 
 
■2006年6月
 
 良いお知らせです。BMGジャパンがまた、ベスト盤を出してくれる事になりました。5年前は2枚組でしたが、今回はレコード会社数社が共催している共通のシリーズで、1枚組です が、またライブや初CD化/未発表音源など、盛り沢山な内容になります。7月のリリースを予定していますので、お楽しみに! 詳細はまた、追ってお知らせいたします。
 
 
 オペラシティでの、ファンタスティック・ナイト。決して無事に、とは申しませんが、終了しました。クラシックとジャズとロック&ポップ スのミュージシャンが集まって、アコースティックなライブをお届けするというこの企画。今回も、盛り沢山すぎる(笑)内容でした。
 ただ、残念だったのは、大木理紗さんの声が出なくなった事でした。前の晩にスタジオの仕事で高い声を長時間要求され、消耗してしまった ようです。我々はプロですし、音楽が好きで好きでたまらないので、求められればつい、翌日の事など忘れて、一所懸命やってしまいます。その結果、大変な事態になってしまったのです。
 大木さんが楽屋入りした時には、全く声が出せない状態でした。しかし、リハが進むにつれ、次第に出てくるのです。これには驚きました。 さすが、プロ!とはいえ、ヴィラ・ロボスの「ブラジル風バッハのアリア」のソプラノはさすがにきついので「ごめんなさい。1オク ターブ下げて、今日はアルトの人になったつもりで歌います」と大木さんが言うのです。これにもびっくり。普通、そんな事、できませんよ。
 結果、見事なアルトで、「よくスイッチできるなあ」と感心してしまいましたが、せっかくリハーサルを重ねたのにソプラノで歌えなかった 大木さんの無念は、良くわかります。
 来年は、渕野さんと尾花さんのコンサートが多いので、この企画は休むそうですが、再来年、是非この曲を再演したいものです。その時は、 また是非お運び下さい。
 
 
 6月は、大変です。ヌーヴォ・イミグラートVSジェラル ドの東京と大阪はあるわ、APJのNHKFMのセッション 2006の公開録音はあるわ、野獣王国の横浜赤煉瓦倉庫モーション・ブ ルーの初御目見得はあるわ、TOSIMIセッションはあるわ、頭が混乱しそうです。
 TOSIMIセッションでは、野獣王国で、プログレ嫌いのメンバー 某氏(特に名を秘す)によって封印された(笑)、小森の名曲「綺羅」 を、久しぶりにやりますよ~!
 しかし、良いんでしょうか? と言うよりも、大丈夫なんでしょうか? あんなこじゃれた所で野獣王国やって(笑)。もし赤煉瓦が剥落 したらどうしましょう? 
 
 
 APJの新譜「 e 」についての記事、引き続き「キーボー ド・マガジン」7月号などに掲載されています。
 さらに「ユーロ・ロック・プレス」29号には、プログレ好きの編集者・講談社の三輪岳志さんによるインタビューが、カラー3 ページで載っています。こちらは大きな書店もしくはCDショップにしか置いていないかもしれませんが、盛り沢山な内容になって、自分で言うのもナンですが、面白いですよ。
 
 
■2006年5月
 何だか、このところ梅雨のような天気が続いていますね、雨まで前倒しで降るようになったんでしょうか?
 
 14日の日曜日は、ヴァイオリンの壷井彰久氏がうちに来て、二人でZABADAKのリハをしました。
 その理由は、吉良知彦は確かに天才で良い曲を書くのですが、反面、滅茶ルーズなところがあり、きちんと譜面を書かないんです(笑)。ただのポップスならともかく、あんな曲やこんな曲もあるのに、ですよ! コードだけ書いた譜面(それも、間違っていたり、進行が異なっていたりするんです!)しか送られてこないので、いつも音源を聴いて譜面を起こしているのです。
 しかも、山ほどキーボードやシーケンサーが入っているやつの、どれを弾いてどれを省くか、これを弾きながらこっちを弾けるかな、なんて、初めてやった6年前は、事務所にキーボードのセットを組んで作戦を練ったりしました。
 しかも、今回はメンバーのスケジュールが合わず、リハがたったの 2回だけ。ヴァイオリンの壷井君に連絡したら、「今日やっと資料が届くらしい」と、心細そうに言うので、リハ前日にうちで譜面の整備と練習をしよう、という事になったのです。
 少しは責任を取らせようと、本人も呼ぼうと思ったら、何とその日は「友人の結婚式でNG」との事。「夜なら行けます。酔っ払ってても良ければ」とのメールには、口惜しいので「酔っ払いは要りません」とレスしてやりました(笑)。
 しかし、ぷんぷんしながら曲を聴きながら、譜面を書きながらやるうちに「吉良君って、本当に良い曲書くよなあ」という話になり、何だか許せてしまったのです。それがまた口惜しい!
 
 という事で、これがアップされる頃にはもう終わっているかもしれませんが、今回のZABADAKのライブは、KBBやポチャカイテマ ルコなどのプログレ・バンドや、5年前のSF大会の時の僕 のひとりライブで、会場の外で賑やかし生ライブをやってくれたキルシェのメンバーでもある壷井彰久氏が参加します。楽しみです!
 
 
 初台オペラ・シティのアコースティック・ライブ、ファンタスティック・ナイト(5月31日、日曜日)が近づいてきました。
 今回も、マイけル・ナイマンの変態映画音楽(笑)や、ヴィラ・ロボスの「ブラジル風バッハのアリア」など、難曲揃いです。必死で練習しています。
 当初はドビュッシーも弾くのだとばかり思っていたのですが、何と尾花さんが伴奏者をお立てになったので、ヴァイオリンの2曲は参 加しません。まあ、ちょっとは楽になったかな。でも、せっかくだから弾きたかったような気もします。メンバーが四苦八苦して無理に弾くから面白い、という要素もあるライブですからねえ。まあ、また別の機会があれば良いですね。
 
 
 
 とても悲しい、残念なお知らせです。カルメン・マキ&OZや、僕がやめた後の金子マリ&バックスバニーのオルガン奏者だったラッキー川崎が亡くなりました。ショックです。
 最近は本名の川崎真文で映画音楽の良い仕事をしていました。確か、数年前に、日本アカデミーの音楽賞も取っているはずです。
 OZの前は、バックスバニーの2代目ドラマーのジョニー 吉長と、イエローというバンドをやっており、75年の郡山ワンス テップ・フェスティバルでは、泉谷しげるのバックもつとめています。 NHKアーカイブスで放送されたので、ご覧になった方もいらっしゃるで しょう。とてもかっこいいオルガンを弾くプレイヤーで、優しい人でし た。
 ご冥福をお祈り致します。合掌。
 
 
 
■2006年4月
 
 学習院に於けるA.P.J.のライブは、生憎のお天気に祟られ、野 外ではなく階段教室に会場が変更になったので、動員が心配されましたが、フタを開けたら、お陰様で盛況のうちに終了しました。見に来て下さった皆さん、ありがとうございました。CDも沢山売れました。
 
 
 万世橋に、交通博物館があります。長い間、親しまれて来ましたが、 5月14日をもって閉館し、規模を大きくして、さいたまに移転する事になりました。
 ジャズマンの親父は、カメラ/オーディオ/鉄道/バイクと、ひと通り凝りました。僕は自分の凝り性をよく自覚しているので、そんなに趣味を広げないようにしていますが。
 父は、昔の交通博物館の館長だった高司さんと友人だったので、僕が小さい頃は、よく連れて行ってくれました。
 大人になってからは、すっかりご無沙汰していましたが、いよいよ閉館と決まったからには、行かない訳にはいきません(笑)。
 テツ友数人と行って来ました。
 
 そもそも交通博物館は、万世橋という戦前まであった駅の本屋の基礎を流用して、昭和11年に建てられました。
 中央線のお茶の水と神田のちょうど中間あたりに、今でも短いプラットホームが残っています。もちろん屋根はなく草ぼうぼうなので、よく見ていないと、ホームの跡だとわからないかもしれません。
 現在も館内には博物館からホームに登る階段が残されていて、ガラス越しに見る事が出来ます。閉館記念の人数限定見学を申し込もうと思ったのですが、時既に遅し。最終日まで、すべて予約で満杯でした。
 
 土曜日だったので、滅茶混んでました! 驚いたのは、若い女の子が結構いた事。う~む、テツの女子が増えているのかも。でも、「ここっ て”まんよばし”っていう駅の跡なんだって!」と行ってましたが。やれやれ。
 人波に押されながらも、粘りに粘り、じっくりと味わって来ました。
 子供の頃見た展示物もあってとても懐かしく、気分は少年時代にタイム・スリップ! まさに「三丁目の夕日」の世界でした。
 見学こそ出来ませんでしたが、万世橋駅の歴史の展示に夢中になってしまいました。
 初代の万世橋駅は、明治45年に建てられました。のちに中央停 車場(今の東京駅)も手掛けた辰野金吾・葛西万司の設計で、美しい赤レンガの駅舎は東京駅によく似ていました。
 当時の万世橋駅前、すなわち須田町交差点は、車や人、東京市電が行き交う賑やかな場所で、駅前には広瀬中佐の銅像がそびえていました。
 駅の2階のレストランは、文士の社交場としても有名でした。
 しかし、大正12年の関東大震災で焼失。残った1階を利用して再建されましたが、かつての華やかさは失われました。
 中央線が神田、東京へと延び、東京駅が大きなターミナルになると、万世橋駅そのものの存在価値が薄くなりました。
 昭和11年には東京駅から鉄道博物館が移転して来る事になり、再建された2台目駅舎の基礎を流用して現在の交通博物館の建物が、駅と併設という形で建てられました。
 しかし利用者の激減などにより、遂に昭和18年10月31日をもって営業を休止しました。
 
 当時の貴重な資料の展示は、とても興味深いものでした。
 また、実物の保存車両や、模型、ジオラマ、映画など、もう1日いたい気分でしたが、残念ながら閉館時間が....
 
 
■2006年桜の季節
 
 桜の咲く中、A.P.J. の新作手売りツアー(笑)が終了しました。色々と凡ミスがありましたので、決して無事とは言えませんが、楽しいライブが毎晩出来ました。お運び頂いた方々、どうもありがとうございました。また、おいでいただけなかった皆様、メンバーは「また秋頃にやろうね」と盛り上がっておりますので、ご期待下さい。
 
 今回は、友人が多数来て下さり、うれしかったなあ。
 
 まず、初日の3月30日、名古屋は今池にあるボトムライ ンには、SF作家の神林長平ご夫妻、落語&ロック&テツ友人で僕 の25周年の時の陰のプロデューサー吉見洋さん、プリンセスガーデンホテルの近くでアナログ盤をかけるS/Jというご機嫌な店(飯もうまい!)をやっている佐藤健司さんなどがお見えになりま した。
 さすがに初日はちょっと緊張してしまいました。曲の構成を間違えて 先に行ってしまったり、色々ありました。でも二階席まである広い会場だったので、音は気持ちよく、中盤からはだんだん和んで行けました。
 ドラム・ソロの時に袖に引っ込んだのですが、水野さんが「池ちゃん、顔が青いなあ。具合悪いんちゃうか?」と言うのでよく見たら、青い照明が当たっていました(笑)。
 終了後、皆で行きつけの中華料理屋ピカイチで打ち上げ。ちなみに、ドラムのそうる透はこの店に「ただいま~!」と言って入って行きます (笑)。
 
 2日目の31日は、大阪堂島のホテルの一階にあるジャズ・クラブMr.Kellys。ステージの後ろがガラス張りになっているので、演奏している所が表から見える、というユニークな店です。
 ここへは、2ndのライナーノートを書いて頂いたジャズ好きの SF作家堀晃さんご夫妻、ディックの「ニックとグリマング」などの翻訳も手掛けた阪大物理学科教授にしてストリート・テルミニスト菊池誠さんなどがお見えになりました。
 水野さんの喋りも、さすが地元でお客さんの突っ込みも良いせいか (笑)絶好調。演奏も、硬さが取れてきたような気がします。
 終了後、以前はそのまま店で打ち上げをやっていたのですが、深夜の営業をしなくなったとの事で、外へ出たのですが、開いている店が少ないうえに、どこも混んでいて、探すのに一苦労。ようやく見つけて入った店の接客態度が悪く、料理はしょっぱいわ、注文を聞いている最中にいなくなるわ、最悪でした。
 
 3日目は、エイプリル・フール。今日から4月だあ! 倉敷のクッキー・ジャーへ行く道には古い家が多く残っていて、ちょっとだけ観光気分が味わえます。
 ここはピアノがないので、KORGのOASISを使います。ステージも狭いので、舞台から落っこちそう。あいにくの雨でしたが、お客さんが暖かく迎えて下さり、リラックスして演奏出来ました。今回の ツアーで一番の出来だったかもしれません。
 野獣王国のファンクラブのスタッフ梅林るり子さんと吉岡真紀子さん などがご来場。フュージョン・ファンでテツ友の沖田貴君と、明日のテ ツ・ツアーの打ち合わせ。京都へ行く前に、柵原(やなはら)ふれあい鉱山公園へ行こうとしているのです。
 終了後は、クッキー・ジャーの女性スタッフ二人を交えて打ち上げ。 なかなファンキーなスタッフで、楽しく盛り上がり、明日に備えて早めに就寝。
 
 翌日も残念ながら、ぐずついたお天気。9時にロビーで沖田君と待ち合わせ、彼の車で柵原へ。僕の祖父の故郷である津山の近です。車内には、沖田コレクションから、僕が昔アレンジした嘉門達夫の「日常」のCDが流れ、久々にSense Of Wonder(小室、リカ)の演奏を聴きました。
 同和鉱業片上鉄道は、91年に廃止されました。現在、様々な職 業の18人の保存会会員が、戦前製のディーゼル・カーなどの貴重 な保存車両、300mの線路、駅舎の保守・管理と、毎月第一日曜日の運転などのボランティア活動を行っています。
 久しぶりに、内部が木製で、前面の丸い優雅な車両に乗りました。製造されてから70年、動態保存するには大変な努力が要ります。会 員の方々の熱意に感動しました。
 鉱山資料館もなかなか良かったです。「三丁目の夕日」よろしく、昭和の町が再現されており、ラジオ・ドラマが建物のセットによって流れ る仕組みで、結構凝ってます。昔の鉱山や鉄道の記録映画も上映され、 楽しめました。
 昼飯にドライブインに入った時、にわかに空が暗くなり、雨が降り出したので、ラッキーでした。岡山まで送ってもらったのですが、雷まで鳴り出す始末。
 
 京都も、リハが終わって池長氏とカレーうどんを食べて店を出た瞬間、土砂降り! う~ん、こりゃ今夜の動員が心配になりましたが、フタを開けてみたら大勢の皆さんにおいでいただき、一安心。
 ライナーノートを書いて頂いた麻生圭子さんは残念ながらお仕事の都合で欠席されましたが、この日も、サントリー・ミステリ大賞作家の海月ルイさんと、その弟さんで地主神社の宮司・中川勇さん、三年坂で 「舞扇堂」という扇子屋さんを営んでおられる水上裕之さんご夫妻、その友人で謎の放浪家山本倫夫さんなどが集結。
 何とルイさんのご実家は「舞扇堂」のすぐ傍にある事。また、山本さんの実家の花屋さんの店舗のお祓いを地主神社が執り行った事。麻生圭子さんが、水上さん所属の商工会議所で講演していた事などが次々と判明。不思議なご縁が広がりました。
 やっぱりRAGはやりやすく、ファンキーな演奏になりました。 勿論トークも絶好調に。
 
 最終日、3日は目黒ブルースアレイ。最もマスコミ関係のゲス トの多い日で、初日とは違う意味で緊張しました。
 僕の1stアルバム「センス・オブ・ワンダー」の「地球の緑の丘」の作曲者で、このHPにもエッセイを復刻しましたが、僕のふたりの師匠のうちのひとり、藤原義久先生。慶応大学教授でSF評論家の巽孝之・ファンタジー評論家の小谷真理ご夫妻。最近、ライブハウスのロフト・グループのフライヤー「Rooftop」で、ロフト席亭の平野悠とサンボマスターのガチンコ対談をプロデュースした音楽ライター・吉留大貴。「お水の花道」などに出演していた女優の久留あさみさん。TVの有名プロデューサー王東順さん夫人で、恐るべき知識と教養の持ち主の王野百合子さん。優秀な証券マン畠中幸治さんご夫妻。アロマセラピストの小林和歌子さん。講談社の編集者でありながら 「ユーロロックプレス」の執筆者である三輪岳志さん。ラジオ・ディレクターで音楽ライターの櫻井隆章さん。あと、小学校の同級生(!)まで来てくれました。
 東京での喋りは上品にする予定だった(笑)水野さんのトークはいつ もと少しも変わらず、演奏と共に絶好調でラストを飾りました。
 お客様から頂いたシャンペンで乾杯。無事ツアーは終了しました。
 
 この後、A.P.J. は16日の日曜日に、「オール学習院の集い」に出演します。大学輔仁会館前の軽音楽クラブ野外ステージで、 昼の12時半から45分間ですので、喋りを減らさないと(笑)曲が 3 ~ 4 曲になってしまいそうですね。入場無料です。
 
 
 さて、当初7月頃やろうと思っていた30周年のライブで すが、葉加瀬太郎から、横浜と大阪で開催される「情熱大陸」のイベントへの出演を頼まれ、お引き受けする事にしたため、秋に延期となりました。
 ところで、「75年の”夕焼け祭り”に出ているのに、何故 30周年なのか?」というご質問を受けました。(う~ん、よく知ってるな)
 これは、一応メジャー・デビューした年からにしたからです。同様に、Sense Of Wonderも、リハは80年の暮れからやりまし たが、初ライブをやった81年を基準にしています。
 こうすると、僕とSOWが5年違いで、切りも良いので (笑)。
 
 ExhiVisionのライブが26日に目黒ブルースアレイでありますが、バロック・ロックっぽい新曲を書きました。でもリハーサルなしなので、当日出来るかどうかわかりません(笑)。ひょっとしたらの お楽み、という事で!
 
 
■2006年3月下旬
 
 
 春ですねえ。
 もうすぐ、ピアノ・トリオA.P.J. の新作「 e 」がリ リースされます。ジャズ・クラブ・ツアーもあります。おかげさまで、 前評判良いです。ありがたい事です。
 ライナー・ノートは、古くからの友人で、京都在住のエッセイスト・ 作詞家の、麻生圭子さんに書いて頂きました。これがまた、愛情溢れる (?)名文です。
 
 そして、何とあのパトリック・モラーツが、一曲ごとの詳細な感想を 寄せてくれました。モラーツと言えば、あのイエスに、「リレイヤー」 というアルバム発表前後に在籍した、人気キーボードー・プレイヤーです。
 何故、彼が書いてくれたか、と言うと、彼の新作(ソロ・ピアノ作 品)が、同じVMEからリリースされるからです。お返しに、今度 は僕が書きました。素晴らしいですよ。聴いてからしばらくピアノ弾く気がしなくなった程、美しく超絶技巧の作品です。
 彼のコメントは、宣伝用パンフレットや、VMEのHPで見る事ができます。
 
 また、評論家の野田誠司さんが、素晴らしいレビューを書いて下さい ました。こちらは、事務所(クール・コーポレーション)のHPからどうぞ。
 
 A.P.J.の 3rd は、ジャケットやパッケージもおしゃれ で、いい感じですよ。こちらもHMVなどの新譜情報で見る事が出 来ます。
 
 
 さてその内容ですが、1st は初々しいけれど、ちょっと手探りな感じ。2ndは、「ラビリントス」など、良い曲も書けたのです が、まだカヴァーもありました。
 そして、ここまでは、何故かベースの水野正敏が、フレットレスを弾 いていました。A.P.J. は、アコースティック・プログレッシ ブ・ジャズの略のはずなのに、そして、その名付け親は水野さんなの に、な~ぜ?僕の頭の中は、疑問符だらけだったのです。
 
 今回は、水野正敏も反省して(笑)、アコースティック・ベース弾いてます。これで、名実共にA.P.J. になりました。曲も、Duo Duoのカヴァーなどありますが、初めてすべて自前のオリジナルが揃いました。
 
 思えば、「プログレを、ピアノ・トリオ・スタイルでやりません か?」と水野さんに声を掛けられて、はや 5 年。ようやく方向 が少し見えたような気がします。近頃は、キング・クリムゾンをやるピ アノ・トリオ、なんてのも出現しましたから、最初はただの思いつき だった(笑)とは思いますが、結果的には水野さん、なかなか先見の明ありでしたね。
 
 世の中に、僕より上手いピアニストなんて、それこそ星の数ほどいま す。しかし、今回の作品で、やっと、ロックやポップス畑の僕がピア ノ・トリオをやる意味を、ちょっと見つけられたような気がします。
 
 それは、楽曲の良さにこだわる、という事に尽きます。
 
 今回は、親戚のおばちゃんにも聴かせられるアルバムになった、と自負しています。ジャズやプログレという目に見えない呪縛から逃れて、 自由に楽しくレコーディング出来ました。口ずさめるメロディやフレー ズも多いと思いますよ。あ、でもやっぱり変拍子はありますう~。ごめんなさい~!
 
 「パリの恋人」は、そんなタイトルの韓流ドラマがあるとはつゆ知ら ず書きました。別に「地下鉄のザジ」でも良かったんです。何か、おフ ランスな感じや、スパイ映画っぽい感じが出れば。
 
 「クラゲ注意報」は、曲数はもう足りていたのに、録音直前に、日本海に押し寄せる巨大な越前クラゲのニュースを見ていて、突如思いつい た曲です。非常に社会性、メッセージ性の高い曲ですね(笑)。
 
 竿後の「God be with you~膚の下」は、友人のSF作 家、神林長平の「あなたの魂に安らぎあれ」や「膚の下」という、火星 三部作にインスパイアされて書きました。ちょっと聴くと映画音楽のよ うな、メロディのはっきりした作品です。深い思索に耽った時、ふと聞 こえて来るメロディ。悲劇や絶望の中から不死鳥のように湧き上がって 来る歌声。そう、かつてヌーヴォ・イミグラートの「いつか、青空のよ うに」や、Sense Of Wonder の「アクアプラネット」でもアプ ローチした、”廃墟の中の希望”というテーマに、再び挑戦してみまし た。
 
 さ~て、ライブに、来て下さいね~っ!! スケジュールはもうアッ プしてありますよ~っ!!
 新潟、徳島、富山にお住まいの方、ライブに来られなかったら、 FMの、小川もこさんのジャズの番組(HP上記参照)に3月末から4月頭にか けて、二週連続で出演します。是非チエックして下さいね。
 NHKFMの「セッション2006」にも、6月頃、出演予 定です。スタジオに応援に来て下さい。
 
 さらに、このホームに書いた、僕の過去のエッセイを読みたいと思っ た方、「こんなこと」をクリックして下さい。
 
 それでは、ライブでお会いしましょう!
 
 
■2006年3月
 
 めっきり春めいて来ましたね。マンションの部屋の前に、ぽつんと一 本だけ梅の木が植わっているのですが、毎年蕾が開きかけると、どこか らともなく鶯がやって来るのです。こんな大都会でもまだいるのだな あ、そう言えば鴬谷という地名があるほどだから、江戸の昔はさぞ沢山 いたのだろうなあ、などと想像していたら、久しぶりに谷中や上野あたりを散歩して、博物館や寄席やアメ横をひやかしてみたくなりました。
 
 
 このトップページのエッセイ(近況報告)、完全にお馴染みさんへ向 けた感じになっていましたが、初めて訪問された方から、「ちょっとわ かりづらい」とのご意見を頂きましたので、ちょっと説明を増やしてみました。それを「くどい!うるさい!」とお感じの方は、どうぞ飛ばして読んで下さい。
 
 
 ピアノ・トリオ A.P.J. のニュー・アルバム「 e 」の 前評判が、どえりゃ~ええのです。試聴盤をマスコミに流しているとこ ろなのですが、放送媒体でも、雑誌でも好評です。うれしいなっ。
 おまけに、あのパトリック・モラーツ(大物プログレ・バンド 
YES のアルバム「リレイヤー」に参加している、人気キーボードー・プ レイヤー)さんからも、ありがたきコメントを頂戴しました。それも、よくある社交辞令やお世辞ではなく、きちんと聴いて、曲ごとに感想を書いてくれたのです。これには感激しました。
 そこで僕もお礼に、彼のソロ・ピアノ・アルバムに、コメントを書か せて頂く事になりました。
 
 
 2月11日、京都RAGで、結成25周年になる僕のライフ・ ワークのバンド(マイナーですが.....笑)SENSE OF  
WONDERの初代ベーシストMottoの2Daysライブがありまし た。
 SENSE OF WONDERは、そうる透(テレビにもよく出ている人気 ドラマー)と僕(キーボード)とMottoの三人で組んだ、ギター のいないロック・バンドです。僕は76年にプロ・デビューし、79年に最初のソロ・アルバムを出しました。その後、ソロやSENSE OF  
WONDER、その他のユニットなどで多数のアルバムをリリースしています。
 Mottoは元々京都出身で、しばらく東京で活躍していました が、今は地元に帰り、RAGインターナショナル所属ミュージシャ ンとして、主に関西を中心に活動しています。最近では、桑名正博のバ ンドにも在籍していました。
 
 京都のRAGは、もとはジャズのライブをやっていたのですが、 最近はロックやポップス関係の人もよく出ます。汚いですが(ごめ ん!)とても雰囲気がよく、大御所やビッグ・アーティスト、外タレも 出演したがる、まず東京ではあり得ない不思議な店です。僕も色々なバンドやユニットでよく出ます。昨年の12月などは4日間も出演したの で、店に住み込んだ方がいい(笑)ぐらいの勢いでした。今年も1月から7月まで、ほぼ毎月、何かで出ていますので、是非覗いてみて下さい。
 場所は、三条と御池通の間の木屋町筋、高瀬川の疎水沿いのエンパイ アビルという汚い雑居ビル(あっつ、また書いてもうた)の5階です。 京都ホテルやロイヤルホテル、市役所のすぐ近くです。
 
 ライブは、とても盛り上がりました。Mottoは、わけあって2 年ほどで僕のバンドをやめたのですが、11日は、その頃(81~82 年!)の曲をやったり、ゲストの、今RAGイチ押しの女性ギタリ スト安達久美ちゃんの曲をやったり、ここ何年か、いつも必ず終了後の 飲み会にいた(笑)キーボードのCHIEZO(ちえぞう)の曲をやったり、という感じのセッションでした。
 
久美ちゃんも、Mottoと同じRAGの所属アーティストとし て、活発にライブ活動を行っています。
 
 
 CHIEZOは、関西が誇るハード・プログレ・バンド、ノヴェラの ギタリストであるテルのバンド(テルズ・シンフォニア)にも在籍して いたキーボード・プレイヤーです。何故、ちえぞうと呼ばれているか、 というと、地元が大阪の天下茶屋だからです。そう、あの、「じゃりん子チエ」で有名なと頃です。黙ってキーボード弾いてれば、なかなか美形でかっこよろしいのに、飲んで騒ぐと、天下茶屋のおっさんになるんです。 
 
 この店の特徴は、ライブ後の深夜にパブタイムとなり、メンバーが 残って打ち上げをやったり、ファンの人と交流したり、時にはミッドナ イト・セッションが始まったり、というところです。中にはカウンターの中に入り込んで酒を作っている有名ミュージシャンがいたり、そういう遊び心というか、シャレを許してくれる懐の深さですね。
 当日も、僕らの若かりし頃のテレビ出演の秘蔵映像が上映されたりし て、結構楽しめました。「やめてくれ~っ!!」と叫んで、恥ずかし がっている奴もいたりして、笑えました。
 
 
 
 せっかくなので翌日は鉄道ファンの友人と、近鉄特急に乗って奈良に 行く事にしました。そうなんです。僕、実はテツなんです。カミングア ウト、ふーう!!
 そうなんです。よく皆さんに「ミュージシャンって、日本や世界のあ ちこちに行けていいなあ」と言われますが、実際は悲惨なものです。海 外に行くったって、レコーディングですから、ホテルとスタジオの往復 だけですし、コンサート・ツアーも、移動したらすぐに会場でサウン ド・チェックとリハーサル。終演後はもう夜で、居酒屋しか空いていないんですから(笑)。ですから、翌日仕事がなくて、疲れもたまっていない時は、このように自主的に出歩くようにしています。
 
 あまりあちこち歩くと、もう歳だし疲れるので(笑)、法隆寺に絞っ てゆっくり観光しました。修学旅行の中学生の団体と鉢合わせしましたが、何でこの時期に? 普通、秋じゃないですか? 
 彼等を見ていて思い出しました。あの年頃って、神社仏閣に連れて行 かれても面白くも何ともなかったなあ、という事を。やはり、日本の風景の良さ、古い建物や遺跡の良さがわかるのは、歳を取ってからでしょ う。
 彼等のつまらなそうな顔を見ていて、ちょっと気の毒になりました。 ディズニーランドか USJ の方がいいんじゃないかなあ、奴らに は...... 誰も説明聞いてないし(笑)。
 
 で、僕らは法隆寺を満喫しました。滅茶寒かったですけど。こういう 歴史的建造物が日常として存在する、寺の近くの町も散策しました。
 
 そのあと奈良に出て、奈良公園の鹿さんと興福寺の五重塔もちょっと 見て、食事をして京都に戻ったら、何と新幹線が9時過ぎまで満席!まるで山手線のように数分置きに発着する新幹線が一時間も満席続きとは、まったく何という忙しい、人の多い国でしょう。
 
 
 
 翌13日は、いつもはお芝居をやっている吉祥寺シアターという小劇 場で、インストゥルメンタル・バンド/野獣王国のライブ。インストゥルメンタルというのは、歌のない、楽器の演奏だけの音楽の事です。よく、歌ものしか聴いた事がない、というお客さんのアンケートに「いつ までたってもイントロのような音楽」と書かれて、「なるほど。うまい 事言うな(笑)」と思いました。
 
 野獣王国は、ギターの是方博邦、ベースの鳴瀬善博、ドラムの小森啓 資と、僕の4人編成です。皆さん輝かしい経歴の持ち主で、今も各々自 分のソロやバンドで活躍しています。 
 例えば、是方はかつて桑名正博とティアードロップスのメンバーで、 ソロアルバムも出していますし、僕と一緒に「タモリの音楽は世界 だ!」というクイズ番組のレギュラー・バンドとしてTVにも出て いましたし、鳴瀬は人気フュージョン・グループのカシオペアのメンバー、といった具合です。
 
 最初はセッションから始まって次第に盛り上がり、とうとうバンド名 を付けてCDを出そう、という話になった時に、勢い余って野獣王 国なんていう名前にしてしまいました。我々のライブを見たお客さん に、「凄いですね。まるで野獣のような演奏でした」と言われた事が きっかけで、ほとんど冗談のノリで付けてしまったのです。CD ショップに並んでいる盤を見た時に、ちょっとだけ後悔しました。
 
 相模原のメイプル・ホールでライブをやった時でした。会場に は ”野獣王国来る!” なんていうポスターが貼り出され ています。その日、おじいさんから会場に問い合わせの電話がかかって きたのです。その内容は「孫を連れて見に行きたいのですが、どんな動 物が出るのですか?」
 
 吉祥寺シアターの副支配人の麻田さんが僕らのファンで、呼んで下 さったのです。実は、普段は財団法人武蔵野文化事業団の劇場として芝居をやっている小屋で、ライブをやるのは初めてだそうです。実に光栄な事です。客席が階段状になっていて見やすく、音響も気持ちよく、照 明も美しく(お客さんの話による)、ノリノリの演奏でついつい時間 オーバーしてしまい、申し訳なかったです。
 
 男のお喋りはみっともない、とよく言いますが、実は野獣王国、メン バーのMCが長いんです。MCの間に演奏している感じですね。数年前、レコード会社が、ライブでの僕らの喋りだけのCDを 出そうとした程です(笑)。
 
 吉祥寺は70年代に、当時の若者であった僕らの世代の、中央線沿線 サブ・カルチャー・ムーブメントの核となっていた街です。その面影は今も残っており、シアターの斜めトイメンには、澁澤龍彦や夢野久作だらけの古書店があったり、ジャズ・クラブやロック・バー、ライブハウ スも数多くあります。
 
 そんな街での野獣ライブ、初めての方が多かったのですが、果たしてどういう感想を持たれたのでしょう? 終演後、アンケートを読んだ限りでは好評のようで、一安心しました。何しろ百戦錬磨の強者の集まり(と、自分で書くのもナンですが)、なかなかこれが一筋縄では行かな いのです。次に誰が何をやるかわからないスリリングな音のやりとり、 是非今度一回お試し下さい。すごく気に入るか、嫌いになるか、どっち かしかない音楽ですよ(笑)、きっと。
 
 
 
 3月は、増青本セッションが、目黒ブルースアレイ(3日)と、京都 RAG(6日)であります。フュージョン界の人気プレイヤー3人がメインのライブです。ディメンジョンの増崎孝司(ギター)、角松敏生等でお馴染みの青木智仁(ベース)、元 T-Square の本田雅人(サックス)の3人です。僕とドラムの鶴谷智生は、地味にバックに徹します (嘘かも)。
 
 目黒ブルースアレイも、最近人気のハコです。出るミュージシャンに も、見に来られたお客さんにも好評ですね。お酒や料理も美味しく、何よりもスタッフが音楽好きで、盛り上げてくれるので、プレイヤーも張り切ります。
 
 
 
 料理と言えば、イタ飯が美味しい戸塚のGクレフが、毎日2階 でやっていたライブを、4月からは週末だけにするそうで、そうするとブッキングも混み合って、今までのように頻繁に出る事はちょっと難しくなるかもしれません。3月16日に、吉田美奈子さんのバンドで一緒 だった渕野繁雄さん(最近は私を、オペラシティや、みなとみらいの大 ホールなどの、クラシックの世界へおびき寄せる事に成功)の moh  
moh という、変な名前のユニットで出ますので、是非是非食事のついで に(笑)聴きに来てちょ~だい。
 
 
■2006年2月
 
 既にニュース等でご存知とは思いますが、僕の敬愛する伊福部昭先生が亡くなりました。 
 先生は、東京音楽大学の作曲科の名誉教授でした。僕が講師となった89年、既にかなりのご高齢でしたが、あまりの記憶力の良さと博覧強記ぶりにはビビりました。
 受験生の面接でご一緒させていただいた時の事です。突然、受験生が泣き出しました。まさか、伊福部先生が現場にいらっしゃるとは思わなかったのでしょう。感激のあまり、「サイン下さい」と言うのです。これにはびっくりしました。後にも先にも、面接でサインをねだられた教授は、伊福部先生ただお一人でしょう。
 僕がキーボードの教則本を書いた時のエピソードです。ただでさえ退屈な運指練習を少しでも楽しく出来るよう、ゴジラのテーマで両手の練習をするというアイデアを思いついたのですが、出版社から「待った」 がかかりました。映画会社が、近々譜面集を出すというので、その売り上げに響くと困るので遠慮して欲しい、というのです。
 実は、前もって先生から直接ご許可を頂いていたのです。著作者が許諾しているのに、映画会社がNGを出すなどというのは、本来あり 得ない事なのです。しかし、出版社は争いを恐れて、収録を断念しました。
 その年の、大学の謝恩会の時でした。先生が僕に寄って来られて、 「この度は、君のせっかくの労作に会社がケチをつけたそうで、誠にすまん。」と、深々と頭を下げられたのです。これにはびっくりしました。他の先生方も、若造に謝っておられる先生を見て驚いていました。
 紳士という形容が最も似合う、まさにジェントルマンでした。心よりご冥福をお祈り致します。